本文中の聖句は日本聖書刊行会発行の新改訳聖書より引用。画像は著作権切れ等のパブリック・ドメインのものを使用しています。 最新記事へ
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[ 聖書・キリスト教(生活) ] 祖父のこと3 - 栄光の出棺 -
Track back(0) | 2004年02月11日Clip!!

 翌6日は、湯灌に弔問客の接待に前夜式の準備にと、朝から多忙を極めました。

 午前中の早いうちから祭儀場の方がみえ、祖父の体を清めている間、祖母、伯父、伯母、母、父、私、妹、弟、それに牧師さんを加えた九人は、隣の六畳間にひしめきあうようにして座り、穏やかに祖父の思い出話を語りました。特に、牧師さんが話してくださった教会での祖父の様子が、とても心に残りました。叔母も母も普段は祖父母と離れて暮らしていますし、祖父の“父親ではない一面”を垣間見ることができたのだと思います。
 伯父が部屋を出たり入ったりして、「すごいねぇ。外の車からホースを引き込んで、そっからお湯を出してるみたいよ。最近はすごいねぇ」と、おどけた調子で報告して、複雑な気持ちを紛らわせているみたいでした。

 途中で祭儀場の方に呼ばれ、「故人の最後の洗髪になりますから」と、祖父の髪を洗わせてもらいました。
 まず、若い頃から祖父の髪を洗い、カットしていた祖母が、祖父の髪を洗いました。
 次に伯母が、「いっしょに、ね」と母の手をとり、二人で祖父の髪に触れました。
「私たち、子どもの頃からこうやってお父さんに髪を洗ってもらってたっけねぇ。絶対に爪をたてなくって、ほんとに、優しく……」
 言いながら叔母が声を詰まらせ、号泣しました。母が伯母の背をさすっていました。私は伯母が気の毒でとても見てはいられませんでした。
 続いて妹が髪を洗い、目を真っ赤にして戻ってきました。
「昔、おじいちゃんに肩車をしてもらった、そのまんまの景色だったよ」
 そういえば、肩車をしてもらったっけ。肩車をしてもらって、この部屋をぐるぐる歩き回って、廊下に出ようとした時に私の頭が鴨居にぶつかると、裏声で「痛い痛い」と言って私たちを笑わせてくれたっけ。そんなことを思い出しました。
 それから弟が洗いました。弟は何も言いませんでしたが、彼も肩の上から見た祖父の頭の形を思い出したことでしょう。
 (伯父と父と私だけ、祖父の髪に触れなかったことになります。考えてみれば血縁で触れなかったのは私だけ。今思うとちょっと残念だった気もしますが、私はどうも、亡骸に触れるのは怖いのです。飼猫のシャデの時も、とてもじゃないが抱いてやることはできませんでした。)


 祖父は祖母が縫った茶の着物を着せてもらいました。クリスチャンらしく胸元で手を組んでいるのが、和装とちぐはぐな感じがして、ちょっと面白かったです。
 その場にいる全員で賛美歌を歌い、牧師さんに聖書を読み、祈っていただいてから、十字架の刻まれた黒塗りの棺に祖父を移しました。
 祖母が、トレードマークになっていたモスグリーンのコートとグレーのマフラーを、祖父の体にかけました。

 昼近くなると、弔問客が次々にやってきました。
 真先に駆けつけたのは、祖父の甥のMおじさん(母はまーちゃんと呼んでいます)。祖父が亡くなったその晩も、まーちゃんはいの一番に病院に駆けつけてくださり、祖母や母を助けてくださったのでした。まーちゃんは棺の中の祖父と少しお話をしてから、ふと祖父が逝ったソファの背後の棚に目をやり、ずらっと並んだCDの数に驚いて声をあげました。
「そうかァ、叔父さん(祖父のこと)、こんなに音楽が好きだっただね。どれ、最後にみィんな聴かせてやらっか」
 そう言って、まーちゃんが最初に手に取ったのが森山直太郎の『さくら』です。

「なんだね。叔父さんはこういうのを聴いてただかや。すごいなァ、若いなぁ〜」

「そうなんだよ。最近はこれが一番好きでね。ちいっと耳が遠いから、大音量でかけてただよ」

 祖母が、例のノートを持ってきました。

「あの人はテレビで、こういうのを知るだよね。ほれ、こうしてね、テレビでいい曲が流れたら、何でも書き留めておいただね。そんで、何か用事ができて町に出るときァ帰りにレコード屋さんに寄ってね、一枚でも二枚でも必ず買って帰ってきたんだよ」

「なんだ、氷川きよしもあるじゃないかァ。あらら、夏川りみも?」

「そう。演歌でもね、若い衆らが聴くようなのでも、クラシックでもね、自分がいいと思ったら何でも聴かっかと思うだよ。音楽が好きだっただぁね」

「そうかァ。叔父さん、おれと同じような趣味してただなぁ。そうと知ってりゃ、もっといろいろお話できただにな。惜しいことしたなァ」
 
 まーちゃんは次から次へと音楽をかけていきました。

 その間にも、祖父方・祖母方の親戚たちが大勢集まってきました。みな祖父の顔を見ては静かに涙を流し、久々に会った親戚たちに一通りの挨拶をし、床に車座になってそれぞれの思い出話や感じたことを語り合いました。

 出棺は4時でした。
 祭儀場の人が来て、いよいよ祖父の棺を運び出そうという時でした。まーちゃんのかけたBGMは、たまたまベートーベンの交響曲第九番だったのですが、祖父の棺が玄関を出ようとしたその瞬間、第4楽章の合唱が“喜びの歌”と呼ばれるテーマを最高潮に歌い上げるまさにその部分にさしかかったのです。まーちゃんが大急ぎでステレオのボリュームを最大に上げました。

 歓喜よ 美しき神々の煌めきよ
 エリジウム(楽土)から来た娘よ
 我らは炎のような情熱に酔って
 天空の彼方、貴方の聖地に踏み入る
 貴方の御力により、時の流れで容赦なく分け隔たれたものは
 再び一つとなる
 全ての人々は貴方の柔らかな翼のもとで兄弟になる


 ゆうべから泣き顔ひとつ見せず、気丈にふるまっていた祖母が、この時ばかりは玄関にくずおれました。私たち三家族以外の親戚たちは全員が仏教徒ですが、その場にいた全員が、宗教宗派の枠を超えた“神”のはからいを感じずにはいられませんでした。
 まさに歓喜に満ちた祖父の旅立ちでした。

 日本語の訳はこちらのものをお借りしましたm(_ _)m

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