本文中の聖句は日本聖書刊行会発行の新改訳聖書より引用。画像は著作権切れ等のパブリック・ドメインのものを使用しています。 最新記事へ
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[ 日常雑記 ] さようなら、シャデラクちゃん2
Track back(0) | 2003年01月19日Clip!!

(「さようなら、シャデラクちゃん1」はこちらです)

 葬儀は翌日の午前中に行いました。
 大急ぎで朝ごはんを食べ、支度をすると、シャデのなきがらをお棺に入れます。お棺と言っても、ペット葬儀社からいただいたダンボールの箱です。







 母と弟で、お棺を抱いて家の中をぐるぐる回り、シャデに最後のお別れをさせました。シャデが大好きだった庭の一角に棺を置いて、みんなで記念写真も撮りました。
 チイはお別れがわかっているのか、箱を抱えて歩く母の後をつかず離れず追っていきます。

 トラはちょっとかわいそうでした。昨日、シャデのなきがらが帰ってきたときはすっかり気落ちしていた風でしたが、やがて妹が戻り、私も夜に実家へ着くと、 すっかり賑やかになった家の空気に有頂天になってしまって、シャデが亡くなったという事実を忘れてしまったようなのです。
 そして葬儀の日の朝、シャデを猫用のベッドに寝かせて部屋の隅に置いておいたのですが、トラは「あ、お母ちゃん、ここにいた」とばかりにノコノコとベッドに入っていこうとしたのでした。 トラは子猫の時分からずっとシャデにべったりくっついて寝ていましたから。
「まずいっ、トラが混乱している!」
 当日の朝のちょっとした事件でした。

 私たち家族は、シャデのお棺の中に花を入れてかわいく飾ってあげてから、電話帳で見つけたというペット葬儀社へ出発しました。

 静岡市内を車で北上することおよそニ十分。
 山際の緑あふれる高台にどうぶつの森霊園はありました。
 駐車場で車を降りてびっくり。規模こそは小さいものの、まるで人間のための施設のような本格的かつゴージャスなたたずまいです。

 自動ドアを入ると、清潔そうな受け付けがあり、奥にはこじんまりとした本堂も見えます。結婚式場のチャペルのミニ版とお寺の本堂をミックスしたような、ちょっとお洒落な雰囲気です。
 ショーウインドウにはペット用の骨壷から何種類もの位牌、仏壇、墓石が陳列されており、ガラスばりのロビーから外を眺めると、大きな動物観音の像や慰霊塔のようなものも見え。 すごい、これはすごい……と、しばし悲しみはそっちのけであちこち見学。

 やがてお坊さまがみえて、本堂で本格的なお葬式をあげていただきました。もちろん略式ですが、きちんと読経をしてくださり、お焼香もあげるのです。
 わが家はキリスト教ですが、クリスチャンの親類は全員健在なため、私の二度のお葬式参列体験はいずれも仏式。お作法もなんとなくわかります。 お坊さまは読経の際にはきちんと「シャデラクの霊〜」と唱えてくださるし、にわか仏教徒の五人はもう「ありがたや、ありがたや」。














 厳かでゴージャスなたたずまい。ワシの葬儀もぜひここでお願いしたいくらいです。 お天気は曇りでした。これが初夏だったら、新緑に囲まれてさぞかし美しいことと思います。
 ロビーから見た動物観音サマ。シャデの火葬を待っている間にも、大勢の人がお参りに来ていました。 手前に黒い猫がいます。見えるかな?
 本堂です。左右にたくさんの卒塔婆やお位牌がありました。
 卒塔婆にはポンちゃんやドラちゃんなど、かわいい名前が書いてあります。みんな愛されていたのですね。ここにいるのはみんな幸せなコたちばかりです。 ちなみに私の弟も、シャデラクの位牌を注文しました。遠く離れた地からシャデの冥福を祈るらしい。


 読経が終わると、隣接する焼き場へ行きます。ここも全く人間サマのミニチュア版。いや、そんじょそこらの焼き場よりも新しくて清潔でいい感じです。

 ここで本当に、最後の最後のお別れです。
 斎場の方が新しいお花をくださいましたので、また家族でシャデを飾ってあげました。

 もともと器量のよい女のコです。
 母が、「シャデはお花が似合うねえ。斎場の方がこんなに可愛くしてくれたから、シャデちゃん、最後にお写真撮ろうね」と、再びカメラを構えました。
 お花が、シャデの美しい毛が、かわいいお顔が、これを境に灰になってしまうのかと思うと、もう胸がいっぱいで、ゆうべあんなに撫でまわしたばかりなのに、 また家族で夢中になってシャデの身体を撫でました。冷たいなきがらでもいいのです。この手にシャデの感触をいつまでもいつまでも残しておきたい。
「シャデちゃん、かわいいよ」
「大好きだよ」
 口々に声をかけ、五人でボロボロと泣きました。誰もさようならは言いませんでした。

 お骨になるまでニ時間から二時間半はかかるとのこと。私たちは斎場の二階へ上がって、納骨堂を見学しました。
 驚いたことには、納骨堂にも立派な祭殿があって、お坊さまが朝夕そこで読経をあげてくださるのだそうです。

 まるで小学校の昇降口のように棚がずらっと並んでいて、まだ数は少ないのですが、シャデよりも先に亡くなったペットたちのお骨が安置されていました。 お正月明けなので、それぞれの棚は可愛らしいお供物でいっぱいです。生きている頃の写真をはじめ、大好きだったおもちゃ、ペット缶、折り鶴、その家の子どもからの手紙などです。 ああ、このコたちはみんな、こんなにも愛されていたんだなぁと、見ているだけでとてもほほえましい気持ちになりました。













 ワンちゃんです。お正月らしく、獅子舞のお飾りが……(^_^) このコではありませんが、わざわざ写真館で撮ったとおぼしき立派な遺影を飾ってもらっているワンちゃんもいました。お金持ちのお宅のお嬢様だったのね。
 チャッピーとペルちゃん、らしい。二匹で仲良く。これなら寂しくありません。缶詰めと、二匹に平等に折り鶴がお供えされてあるのがほほえましい。
 犬と猫が主ですが、中にはフェレットやウサギちゃんもいました。 写真ではよくわかりませんが、ここに眠っているのは中国の小型のおサルさんです。 昔ペンギンを飼っているお宅が静岡に一軒あったけど、今だったらそのコもここに連れてきてあげたいなぁ。
 お坊さまがここで朝夕お勤めをしてくださいます。小学校の下駄箱のように、図書館のように、ずらっと並んだ納骨用の棚。まだまだ全体の1割も埋まっていない様子です。静岡近郊におすまいの方々は、ぜひ「どうぶつの森霊園」をご利用なさってはいかがでしょうか?








左からメシャク、シャデラク、ミーちゃん

 正午にシャデは完全にお骨になりました。
 骨壷はちょっと大きめの小型犬用。シャデはメス猫にしては身体が大きい方だったので、小さな壷では窮屈だと思ったのです。

 と言うか、実はミーちゃんの時にほとほと懲りたことがあったのでした。
 ミーちゃんはそんじょそこらの小型犬より大きな猫でした。しかも、病気で死んだわけでもないので、大きく立派な骨が残ったのです。
しかし、当時は今のようにペット葬儀が充実していたわけではなく、骨壷のサイズも二種類だけ。骨壷に入れてもらえるだけでもありがたいと思え、ましてペットの葬儀などちゃんちゃらおかしいという時代です。小さな骨壷に入りきらず、 焼き場のおじさんも焦って箸でお骨をかきまわしたり、乱暴にシャッフルしたりして、むりやり蓋を閉めたのです。かわいそうに、お骨が少し砕けてしまいました。

 シャデは犬用の骨壷でゆったりと眠ることになりました。長生きはするものですね。

 納骨堂に預ければもっと費用が安くなるようですが、私たちはシャデのお骨を家へ連れて帰りました。先に逝った弟メシャクや、用心棒のミーちゃんがシャデを待っているからです。
 これで、わが家に眠る猫のお骨は三体になりました。

 わが家で飼われた猫(一定の長い期間養ったという例も含めて)は、覚えているだけで総勢13匹です。そのうち、 家族で死をみとった(もしくは、家で死んだ)猫はたったの5匹。そのなかでも、正確な享年がわかっているのは、メシャクとシャデラクの2匹だけです。

 シャデラクはわが家で生まれ、わが家で死んでいきました。
 腫瘍のせいで後ろの右足が動かなくなってしまっても、三本足で必死に歩いてトイレや二階の寝床に自力で移動していました。 が、毒が腰にまわり、ついに後ろ両足が効かなくなってしまったときには、さすがにがっくりきてしまったそうです。
 長くはないことはわかっていましたが、獣医さんもさすがにこんなに早く逝ってしまうとは想像だにしていたかったとか。

 最後の最後まで生きようとがんばってくれていたシャデラクですが、どこかで「もう十分だろう」と判断した瞬間があるにちがいありません。 ミーちゃんのときと同じく、シャデもまた、自ら死期を選んで逝きました。

 人であっても動物であっても、それが不慮の死でさえなければ、死とはそのように主体的な生の最後の営みであるような気がしてなりません。


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